- ・Nomad Listは、世界中の都市を生活費・ネット速度・気候などで比較できるサービスとして2014年に始まった。
- ・最初のプロダクトはWebアプリではなく、誰でも編集できるGoogleスプレッドシートだった。
- ・Pieter Levelsは「12ヶ月で12個のスタートアップを公開する」という挑戦の中でNomad Listを生み出した。
- ・スプレッドシート公開後にユーザー自身が都市データを追加し、需要を確認してからWebサービス化した。
- ・Nomad Listの成功以前には多数の失敗作があり、「数多く公開し、反応のあるものを育てる」というLevelsの開発思想が形になった。
月700ドルまで落ちた収入
2014年、Pieter Levelsは順風満帆な起業家ではなかった。
世界を移動しながら仕事をしていた彼の収入は、月3,000ドル、2,000ドルから、900ドル、700ドル、そして500ドルへと減っていった。
オランダの実家へ戻ったLevelsは、自分の状況を変えるために一つのルールを決める。
「12ヶ月で12個のスタートアップを作る」
一つのアイデアに何ヶ月も費やすのではない。
毎月一つ考え、作り、そして必ず公開する。
Levels自身が後に振り返っているように、彼には「作り始めても完成させない」という問題があった。
だから12 Startups in 12 Monthsは、成功するアイデアを探すだけでなく、強制的に「公開する人」になるための仕組みでもあった。
その中から生まれた一つが、後のNomad Listだった。
「次は、どこで暮らそう?」
当時Levelsは、アジアを中心に都市を移動しながら働いていた。
チェンマイ、バンコク、シンガポール、香港、東京。
場所に縛られず働けるようになると、今度は別の問題が出てくる。
次はどの都市へ行けばいいのか。
旅行先として魅力的かどうかだけでは足りない。
生活費はいくらか。
インターネットは速いか。
気候は快適か。
長期間暮らしながら仕事をするなら、普通の旅行サイトとは違う情報が必要になる。
Levels自身も当時、月700ドルほどで生活していた。
安く暮らせて、暖かく、インターネットが速い都市を知りたかった。
そこで彼が作ったのが、都市の情報をまとめたリストだった。
ただし、Webサービスではない。
Googleスプレッドシートだった。
最初のNomad Listには、ほとんどコードがなかった
Levelsは都市名と生活費、インターネット速度、気温などをスプレッドシートにまとめた。
そしてTwitterに公開した。
ここで偶然が起きる。
編集権限を残した状態でシートが共有され、他の人まで内容を書き換えられるようになっていた。
普通なら権限設定のミスだ。
しかし、Levelsはそのまま公開することにした。
すると世界各地にいる人たちが、自分の知っている都市の情報を書き込み始めた。
Levelsの回顧によれば、数百人規模の人々が参加し、最終的には75都市ほどの情報が集まった。
つまりNomad Listでは、Levelsが本格的なWebサービスを作るより前に、
「世界の都市を、リモートワーカー向けの基準で比較したい人がいる」
ことが証明され始めていた。
普通なら、アイデアを思いついたあとにサービスを作り、それからユーザーを探す。
Nomad Listでは順番が逆だった。
スプレッドシートを公開する。
人が使う。
データが集まる。
それを見てから、Webサイトを作った。
25都市、3つの数字から始まった
2014年夏、LevelsはスプレッドシートをWebサイトへ変えた。
初期のNomad Listは非常に小さい。
後にLevelsが振り返ったところでは、公開当初は約25都市について、
生活費、インターネット速度、気温。
主なデータはわずか3種類だった。
現在のような巨大な都市データベースを最初から作ったわけではない。
それでも、必要な問いには答えられた。
「安くて、ネットが速くて、暖かい都市はどこか?」
Levelsは完成したサイトをHacker Newsへ投稿する。
結果は1位。
さらに、別のユーザーがProduct Huntへ投稿したNomad Listも1位になった。
Levels自身が後に「偶然」と表現するほど、予想を超えた反応だった。
12個のうちの一つとして作った小さな実験が、突然、多くの人に使われ始めた。
すべてが成功したわけではない
ここだけを見ると、Levelsが優れたアイデアを思いつき、それを狙い通り成功させたようにも見える。
実際はかなり違う。
彼が現在公開している自身のプロジェクト一覧には、100を超える制作物が並んでいる。
その多くをLevels自身が「Failed」や収益目的ではないプロジェクトとして分類している。
Nomad Listは、その大量の試行の中で残った一つだった。
彼はこの方法を、散弾銃を撃つようなものだと説明している。
一つのアイデアにすべてを賭けるのではなく、作って、公開する。
反応がなければ次へ進む。
反応があったものには、さらに時間を使う。
Nomad Listには反応があった。
だからLevelsは作り続けた。
25都市から500都市へ
公開後、Nomad Listは急速に大きくなっていく。
数ヶ月後にLevelsが公開したNomad List 2.0では、対象都市は25から世界500都市へ。
都市ごとのデータも3項目から約70項目へ増え、合計約35,000のデータポイントを扱うサービスになった。
さらにコワーキングスペースやカフェ、ホテルなどの情報が追加され、デジタルノマド同士のコミュニティ機能も統合されていった。
単なる「都市ランキング」だったものが、
リモートで働きながら世界を移動する人のためのプラットフォーム
へ変化していった。
しかし、そのすべてを最初から設計していたわけではない。
最初にあったのは、
「どこへ行けばいいんだろう?」
という一人の人間の疑問と、一枚のスプレッドシートだけだった。
小さく作ることは、小さく終わることではない
Nomad Listの話で面白いのは、「1人で大きなサービスを作った」という結果だけではない。
最初から大きなサービスを作ろうとしなかったことだ。
都市データを扱うサービスを作ろうと思えば、データベースを設計し、管理画面を作り、投稿機能を実装し、ユーザー登録を作ることもできた。
Levelsはその前にGoogle Sheetsを公開した。
それだけなら数時間でも作れる。
そして、誰かが使うかを見る。
Nomad Listの場合、そのシートを他人が編集し始めた。
だから次を作った。
Webサイトにも人が来た。
だからさらに作った。
必要になったときに、必要なものを足していく。
その繰り返しだった。
現在、LevelsはNomads.com、Remote OK、Photo AIなど複数のサービスを運営している。
しかし、そのキャリアを代表するプロダクトの一つは、洗練されたコードベースから始まったわけではない。
Googleスプレッドシートから始まった。
作りたいものがあると、最初から完成形を考えてしまう。
どの技術を使うか。
どんな機能を入れるか。
将来どうスケールさせるか。
Nomad Listが示したのは、その前に確認できることがあるということだ。
「これを欲しい人は、自分以外にもいるのか?」
Levelsはコードを書く前に、その答えを見つけた。
